いろは一族 永久と刹那の輪舞

「俺の屍を越えてゆけ」のプレイ記です。

いろは一族 永久と刹那の輪舞

1020年12月 幕間「当主」

1020年12月 幕間「当主」

「ニコラ様大丈夫すか?さっきから大分顔色悪そーすけど」

 

 

季節は冬。2020年の12月半ば。
俺様こといろはニコラは、屋敷でいろは千代乃との訓練に明け暮れていた。

先月勢いよく大江山に挑んだ俺様たちだったが、まぁ……なんて言うか実力不足で朱点童子どころか大江山の頂上にすら辿り着かなかったわけで。
そんな中、布都やへき瑠、そして保乃らは月が替わるのとほぼ同時に大江山へと出向いて行った。

だがきっと。
今年の朱点童子討伐は無理だろう。
先月の討伐で、その事実に誰よりも先に俺様が理解してしまった。理解せざるを得なかった。その事実を受け入れるだけで精一杯だったんだ。
だからこそ来年こそは乗り越えなくてはいけない。今月の討伐は、いわばそのための第一歩なんだと俺様は思う。

 

だけど。

僅かな可能性があるのならば、と。

最後の瞬間まで足掻いてみせる、と。

使い慣れた武器を震えたその手に握りしめたのは、息子の布都だった。
そんな息子の想いも覚悟も、ただただその後ろ姿を遠くから眺めることしかできないほどに今の俺様は弱くなっていて―――

(お前たちの後ろ姿なんて……今までずっと見てきていたのにな…………)

 

 

「ニコラ様、流石に朝から動きすぎだと思うんでここらで休憩にしましょうよ。俺、ちょうどお腹空きましたし」
声を掛けてきたのは俺様と同じ赤い髪、赤い瞳、そして同じ弓使いの衣装を身にまとった少女・いろは千代乃だった。俺様の相棒ともいえるいろは保乃の娘だ。
「じゃーん!こんなこともあろうかと、実はイツ花ちゃんにお願いしておいたんすよ。用意周到すぎて偉すぎますね、俺。褒めてやってくださいよニコラ様」
娘、とは言ったが、容姿は保乃とは全然似ていない。気の強い性格はそっくりなんだがなぁ。
そんなことを思いながら、千代乃はイツ花お手製の握り飯を差し出してくる。
「ほいほい、ニコラ様。具は梅干しとおかか、どっちが好きすか?」
「…………じゃあ梅で」
「だと思いました。ささ、どぞ〜」
「ん、ありがとな」
一口、そしてまた一口と握り飯を口に運ぶ。うん、イツ花の飯はいつも美味いな。
…………死んだらこの飯も食えなくなるんだよな、なんて当たり前の事実も握り飯と一緒に飲み込んで。

 

 

 

握り飯を口に含みながらあれこれ考えてみる。
千代乃には弓使いのあれこれを叩き込んだ。幸い飲み込みが早かったので助かったが、はたしてこの訓練で彼女は強くなれているのだろうか。
彼女はおそらく来年の朱点童子討伐に赴くだろう。それに見合うだけの訓練を俺様は教えられているのだろうか。

―――考えれば考えるほど目の前の課題は山積みだった。
「…………はぁ。流石にしんどいな……これは」
そう呟きながらつい空を仰いでしまう。
空はここ数日間ずっと曇りだった。
大江山は先月よりももっと寒さが厳しくて、雪もかなり降り積もっているんだろうな。
「ん?体調面が、ってことすか?今日はもう1人で訓練できるんでニコラ様は休んでて大丈夫すよ」
「あ、いや…………そうじゃなくて」
「?」

彼女の訓練に対する課題も山積みだが、自分に対する課題も山積みだった。
まず第一に、俺様には残り僅かの命しかない。
俺様たち一族は短命の呪いのせいで精々2年弱しか生きられない、んだと。最初は嘘みたいな話だと思っていたが、これはどうやら本当のことらしい。

そして第二に、当主らしいことを今さらになって成しえてなかったな、と思い始めたことだった。
時間なんて無限にあると思っていたが、いざこうして死を目の前にしてみると全然足りない。やりたいことも試してみたいことも、生きれば生きるほど湧き出てくるもんだから不思議だった。
しかもこういうときに限って

 

父さんも、あのときこんな気持ちだったんかな―――

 

なんて想いが。
頭の中を過ぎる。頭の中を過ぎってしまった。
大江山を目指すと心に決めた日から、そして特にここ数週間は亡き父のことばかりを考える時間が増えていたんだ。

 

俺様の父・いろは伊吹の話だが。
父さんは当主になった1か月後。ちょうど俺様がこの家に来はじめた頃に体調を崩し、そして2か月間きっちり俺様に訓練をつけたあとすぐに亡くなった。
だから俺様は父さんの元気な姿を知らない。父さんが武器を構え薙ぎ払う姿を、比呂や波瑠たちに指示している姿を、この瞳に焼き付けることさえ出来ずに別れを告げた。
そしてこれは比呂から聞いた話だが、父さんには当主になって叶えたいことが山ほどあったらしい。だけどそれすら叶わずに、俺様たちに希望を託して逝ってしまった。

 

―――父さんの叶えたかったこと、どうせなら俺様がこの手で叶えてやりたかったんだけどな。

 

「なんなんすかそのお顔。眉間にシワが寄ってると、せっかくの格好良いお顔が台無しすよニコラ様」
「んー、なんだとぉ?つーか眉間にシワが寄ってても俺様はイケメンだろ?」
「ぶっっ、ニコラ様じゃなかったらぶん殴ってますね、そのセリフ」

そんな他愛もないやり取りをかわしながら千代乃はケラケラと笑う。
そういう顔は保乃にそっくりなんだよな、と。

 

 

 

 

 

―――ふと。

 

そんな彼女の表情を見たからだろうか。
どうせ答えなんて出ない質問だろうと思っていたが、相棒にそっくりなその顔を見ていたら必然と―――。
本当は相棒に一度聞いてみたかったことなんだが―――。
気付いたときにはその言葉を目の前にいる少女に、3代目となったその日からずっと答えの欲しかった質問を、何気なく問いかけていた。

「…………なぁ、千代乃」
「ん、なんすか」
「当主……って、何なんだろうな」
「知りませんよ、んなこと」
「んーー、だよなぁ……」

まぁ、そうだろうな、と。
分かりきっていたことだが答えの出ない質問と回答に少し重めの息を吐いてしまう。

「大体それ生後ぺーぺーの俺に聞きます?そういうのは布都兄とかへき瑠姉とかの方が適役かと思うんすけど」
そう言いながら、千代乃は握り飯を1つ2つと口の中に放り込んでいく。
「…………」
「…………………………うーん、でも、そうすねぇ。何が正解かなんて俺はイマイチわかんないんすけど、要は一族全員から信頼されてる〜とか認められてる〜とかじゃないんすか?」
「…………」
「ニコラ様は1人でもめちゃくちゃ強いすけど、一族全体で見たらやっぱりそれだけじゃダメだと思うんすよ。

誰かが率先するなり指示を出すなりして呼吸を合わせないと、勝てるものにも勝てないと思うんす。それをするには当主が指揮を取るのが手っ取り早いと思いますし、でもやっぱりそれらを形にするためには信頼とかが必要なんじゃないかって。

ほら、母さんなんかは特にそうじゃないすか。後先考えずに1人で突っ走って。先月へき瑠姉と一緒に今までの戦歴を見たんすけど、なんつーか母さんって暴走ばっかりじゃないすか。去年の大江山とか、槍の指南書を手に入れるときとか」

まぁ、本当に指南書を手に入れているあたりは母さんもニコラ様も流石っすよね、なんて千代乃が呟きながら。さらに握り飯へと手を伸ばす。

「まぁ、でも。そんな暴走母さんでも先月の討伐でニコラ様のことをようやく認められたらしいじゃないっすか。要は一人一人のそういう気持ちの積みねなんじゃ―――」「えっ…………」

 

質問しておきながらアレだがこの子はよく喋るな、とか。
とにかく表情がコロコロ変わるな、とか。
そういうのを差し置いて。
千代乃が全てを言い終わる前に声を上げてしまったことに自分でも驚きつつも。

 

でもそれは。
あまりにも。
そう、あまりにもその行為は、俺様が保乃に求めていた答えそのもので。

 

 

「あれ?違うんすか?先月の討伐で母さん、ニコラ様に鏡を向けようとしていたって布都兄から聞いたんすけど」

 


保乃とは気付いたときから相棒で。
だけど生まれたときから保乃は当主を夢見ていて。
だからこそお互いに隣で武器を振るうことは出来たとしても。
保乃が相棒としてのいろはニコラのことを認めることが出来たとしても。

 

―――当主としてのいろはニコラのことは一生認めてもらえないと思っていた。

 

 

「俺が言うのも何すけど、母さんって今までニコラ様のこと当主として認めてなかったんすよね?」

 

―――だから。

 

「でも鏡を向けたってことは、何かしらの変化があったってことだと思うんすよ。それってスゲーことじゃないすか?」

 

―――だからこそ、この事実は。

 

「まぁこれも布都兄から聞いた話なんすけどね。その時の母さん、いつもより少しだけ雰囲気がみたいなんすよね」

 

―――多分きっと、そういうことで。

 

「そんな母さんって激レアじゃないすか!?」


―――父さん。

 

「俺もそんな母さんを見てみたいんだけどなぁ」

 

―――俺様は父さんが理想とする当主らしい当主じゃなかったかもしれないけれど。

 

「ニコラ様は母さんのそういうの見たことあるんすか?」

 

―――父さんが目指した道はここではなかったかもしれないけれど。

 

「ちょっ!?ニ、ニコラ様なに泣いてんすか!?そういうのビビるんでやめてくださいよ!!」

 

 

 

 

 

―――父さんの元へ行ったら1つだけ、褒めていただきたい出来事が増えました。

 

 

 

「HAHAHA、スマンな。癖みたいなもんでな」
「はぁ……そうなんすか?変な癖?すね」

「それよりも千代乃、メシも食ったし次の訓練をするぞ!」
「はぁ?まじで言ってますそれ?ニコラ様顔色悪いすけど大丈夫なんすか?」
「バーカ、ここで倒れたら当主として失格だろ。それより千代乃、俺様が取っておきの技を披露してやるからよく見てろよ!」
「え、マジすか!!そういうのはもっとはやくに教えてくださいよ〜〜!」
「よし、この俺様に任しとけ!この技で来月皆を驚かしてやろうぜ!」

 

 

 

 

 

よくよく考えてみれば、結局のところ。
俺様が思う当主らしいことは最期の瞬間まで成しえていなかったけれど。
当主らしい当主に最期までなれはしなかったけれど。

 

お前たちが俺様を当主と認めてくれた、ただそれだけのことで。
この結末が、きっと、いろはニコラなりの当主としての生き方だったんだ。

 

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補足

読んでくださってありがとうございます。
拙い文章ですが、二コラ様と千代乃っちのやり取りは書いておきたかったので満足です。
これから活躍する千代乃っちをどうぞよろしくお願いいたします。

 

ニコラ様の悩み:不覚の涙は本編中に多くを語ることが出来なかったんですが、
きっと彼は誰にも見られないところでさり気なく涙を流していたんだと思います。
でも今回の幕間ではそれをあえて隠す必要がなかった……本当の意味での不覚の涙だったんじゃないかな、と。


そして、1020年12月・茶器授与での布都様とへき瑠タソの言葉、1020年11月での保乃さんからの鏡進言。
この言葉と行動が、彼らがいろは二コラを当主として信頼していたという裏付けだったんじゃないかな、と。
初陣から当主として活躍してきた彼だからこそ、彼らの目にはしっかりと当主としてのいろはニコラの姿が映っていたんだと思います。

 

長くに渡りプレイ記を盛り上げてきた二コラ様ですが、彼に関する描きたいこと語りたいことは全て出尽くした感があります。
これにていろはニコラの物語は、ここで一旦幕を閉じようと思います。
本当にありがとうございました。