いろは一族 永久と刹那の輪舞

「俺の屍を越えてゆけ」のプレイ記です。

いろは一族 永久と刹那の輪舞

1019年3月 幕間「唄うのは、私の名。」

前々から綴りたかった、初代いろは唄様の逝去時のSSです。
唄様の逝去時のプレイ記は下の記事からどうぞ。

続きを読むでSSが読めます。

 

1019年3月 幕間「唄うのは、私の名。」

 

 

 

「母さんの名前を継がせてほしいんだ。」

 

 

これは私の意識が途切れる間際。
息子の伊吹から発せられたセリフだった。

 

「最期にワガママを言って……ごめん……。でも、ここで……最期に……最期だからこそ母さんに伝えないと……何も成長できない気がして……俺……は…………」

 

意識が朦朧とする中微かに聞こえる声。

お願い。あと数分だけでいい……ううん、数秒でもいい。
お願い。最期まで息子の言葉を聞かせて。
お願い。最期まで息子の想いを私に届けさせて。

お願い―――。

 

 

少し離れた場所で私のもう一人の息子・比呂がただ静かにこのやり取りを見守っていた。
比呂は―――心配しなくても大丈夫そうね。
彼ならきっと、みんなを正しい方へと導いてくれるはず。

 

その隣には娘の波瑠。
裾をギュッと掴み、瞳には大量の涙が溢れこぼれていた。……ごめんね、私はあなたを泣かせたいわけじゃないのに。
娘の初陣はたどたどしいものだったけれど、彼女ならきっと皆を優しく守ってくれるはず。

 

 

―――そして。

私の手を力強く握り離そうとしない長男の伊吹。

 

 

「俺は、あの時の……自分の弱さを乗り越えたい」

 

「もう…………誰も傷付いてほしくない」

 

「だから……俺は…………、」

 

 

伊吹は何かある度に、こうしてあの時の……白骨城のことを未だこうして悔いている。
それは今も変わらず。
だけれど、今日は少しだけ様子が違っていた。

 

 

「未来を。呪いのない未来を、母さんのこの名前と一緒に……掴み取りたい」

 

 

声は震え、瞳からは一筋の涙。
あぁ、もうどうしてこの子は本当に……。何もかもを自分ひとりで抱え込むのかしら。
ふふ、これ誰に似たのかしらね。

想いを伝えるときはもっとハッキリしっかりと伝えないとダメじゃない。
ダメよ、どんなにつらくても相手の瞳だけはしっかりと見て。泣いていたら、目の前すら見えないじゃない。

 

 

 

死の淵を経験したこともあって死ぬこと自体は怖くはない。
そんなことよりも。
伊吹の方が何倍も、何十倍も心配で。
そんな彼を遺して逝くこと、それだけがただただ怖かった。

 

白骨城を機に私は変わってしまった。そしてそれは彼も同様に。
私が、彼の、人生を壊してしまった。
だから、私にはその彼の人生を修復する必要があった。見守る必要があった。

なのに。
それなのに。

私の命はここで燃え尽きようとしている。
白骨城で嗅いだ同じ死のにおいがしている。

私の命が、命が命が、命……が―――ここで燃え尽きてしまう。

 

 

長い静寂。
いや、もしかしたら刹那だったのかもしれない。
その静寂こそが私の命が長くはないんだと伝えている。

あぁ、でも良かった。
最後の最期に、伊吹の成長を感じることができるだなんて。
いつ、名前を継ごうだなんて考えたのかしら。
いつ、私の死を受け入れる準備をしたのかしら。

ずっと、私の後ろをついてくるだけの子だったのに、ね。

 

 

 

―――伊吹が覚悟を決めたのなら、私も覚悟を決めないといけないのかしら。

 

 

 

ふぅ、と深呼吸をして。

 

 

 

「いいわ。私の名前、伊吹にあげる」

 

 

 

さらにもう一呼吸。

 

 

 

「私の名前と、それから想い。それに覚悟。全てを伊吹にあげる」

 

 

 

握られた手がギュッと、

「大丈夫、どんなに悲しくてツラいことが起こっても、私は伊吹とずっと一緒にいるわ」

さらに強く握り返されて。

 

 

 

「ふふ、名前を継ぐからには、私の屍、ちゃんと越えなさいよね」

 

 

 

そう言い終わると、頬に冷たいものが触れた。

 

―――何よその顔。
……情けなくてみっともなくて涙でぐしゃぐしゃで。だけど今までで1番決意のある顔をしてるじゃない。

ありがとう、伊吹。
あなたが私の分まで泣いてくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリンッ……。

 

 

 

あぁ、これが本当の、死……なのね。

 


もう伊吹の声は聞こえない。聞こえるのは額からの、小さな音。
そう意識するのと同時に、私に埋め込まれていた呪いが呆気なく割れた気がした。

 

 

 

 

 

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蛇足

いろは一族が亡くなったとき、額の呪いは割れる設定です。
せめて死ぬときは本来の人の姿で、という思いと願いを込めて。

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伊吹くんもそうですが、唄様も白骨城事件をキッカケにどこか心が壊れてしまったんじゃないかな……と思うんです。
伊吹くんは自覚があるけれど唄様にはその自覚はない。
だけど、最後の最期に伊吹くんが過去を乗り越えようとしたのをキッカケに
本来の少女としての、母親としての、いろは唄らしさが取り戻せたんじゃないかな……と考えてしまうんです。

唄様は今でも本当に心が読めないキャラクターですが、そこを含めて大好きなキャラクターのひとりでもあります。

 

 

 

2020年5月8日 加筆修正。